オリンパス社が11月8日に公表したリリース「過去の損失計上先送りに関するお知らせ」によると、同社は1990年代ころから有価証券投資等にかかる損失計上の先送りを行っていたことが判明した。これによると、同社がGyrus Group PLCの買収に際しアドバイザーに支払った報酬や優先株の買戻しの資金並びに国内新事業三社(株式会社アルティス、NEWS CHEF株式会社および株式会社ヒューマンラボ)の買収資金は、複数のファンドを通す等の方法により、投資有価証券等の損失計上先送りによる含み損解消等に利用されていたことが判明した、とされている。外国人社長の解任に端を発した過大買収金額及び買収アドバイザーへの過大報酬の問題は、財テク損失隠しという不正経理事件をあぶり出すこととなった。
ここで気になるのは、同日に公表された「第三者委員会の調査対象拡大及び人事異動のお知らせ」によると、常勤監査役Y氏も損失先送りの関わっていたとして辞任の意向が示されているという点だ。この手の事件が発覚するたび、監査役は「なぜ不正を発見できなかったのか?」といった不作為(任務懈怠)を問われ批判を受けるケースがほとんどである。というのも、監査役は業務執行に携わらないからだ。今回のように不正に自ら関わっていたという作為のケースは珍しい。
なぜ、常勤監査役が不正に関与したのか。実は、有価証券報告書の【役員の状況】を読むと、Y氏は平成23年6月に同社の監査役に就任するまでは同社の執行役員、取締役、副社長執行役員等を歴任した業務執行側の人物であることがわかる。常勤監査役が不正に関与したというより、不正に関与した人物がたまたま常勤監査役に就任した後、就任前の不正が発覚したというのが、実態に即しているといえよう。
しかし、これにより監査役制度の問題点があらためて浮き彫りとなった。すなわち、業務執行側の人間が株主総会の選任決議を経るだけで、監査側の人間にスイッチできるのであれば、果たして実効性ある監査が期待できるのであろうかという問題点である。ちなみに同社の監査役は4名で常勤監査役は2名。もう1人の常勤監査役も同社の執行役員出身者である。確かに、会社法上、業務執行側にいたという経歴を持つ者が常勤監査役に就任することを禁じる規定はない。また、業務執行側の経験を生かすことで、社外監査役よりも適切な監査を遂行しうるというメリットも否定できない。しかし、かつての同僚や先輩に対して、正論を強く主張しうるのか、実効性に疑問も多い。今後、投資家から「社外監査役(あるいはその要件を満たす者)が常勤監査役に就任すべきである」という要請が益々強くなるものと思われる。上場準備会社としても、あるべき常勤監査役について十分議論を尽くしておく必要がある。
また、同社における買収に関する取締役会決議に際して、個人の公認会計士による株主価値算定報告書が用いられている。この株主価値算定報告書は外部に流出し、第一報をスクープした情報誌のサイトで閲覧可能となっている。この株主価値算定報告書は算定方法がDCFのみであり、その前提等についても疑問が投げかけられている。
数百億の規模の買収に際して個人の公認会計士による株主価値算定報告書で十分なのか?株主価値算定報告書の内容の適切性を社内で判断する仕組みはあるのか?取締役・監査役は株主価値算定報告書の持つ意味を正しく理解するのに必要な知識を有しているのか?取締役会の添付資料という極めて機密性の高い資料が外部に流出することを防ぐための仕組みはあるのか?買収に際して株主価値算定報告書自体を投資家に公表するのが適切なのではないか(その場合、公表を前提とした株主価値算定報告書を適切な第三者が果たして適切な報酬で作成してくれるのか?)等コーポレートガバナンスや内部統制といった観点から、さまざまな疑問や課題を投げかけた事件といえよう。
(情報提供:日本IPO実務検定協会)
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